ホームページ開設にあたって

私がはじめてパソコンを購入したのは、2000年問題がささやかれていた1999年(平成11年)です。
開業して7年が経っていましたが、視覚障害者として余暇を楽しめる趣味はないかと模索していました。
アマチュア無線は、厚生訓練施設に入所している時に免許を取りました。
そして、施設にある無線機で楽しみました。
訓練を終えて施設から自宅に帰ると、すぐに自宅の屋根にアンテナを立てました。
ところが、施設で使っていた周波数帯は、こちらでは閑古鳥でした。
地元で一般に普及している周波数帯も、聞こえてくるのは近隣市町村を営業で回る常連さんや高速道路を通り過ぎる運転手さんの声ばかりでした。
それはそれで、今もお付き合いしている知人ができたので良いのですけど、なんとも狭い世界でした。
おまけに、携帯電話の普及でアマチュア無線の魅力は減って、無線局も減少してゆきました。
開業してからまもなく、英会話を始めました。
小出町内に英会話教室はないかと、社会福祉協議会の相談員に問い合わせまでして探しました。
米国帰りの牧師さんが、教えているとのことで週一で通うようになりました。
お陰で、ラジオ英会話を聞いたりして余暇を楽しめるようになりました。
しかし、それも牧師さんが町を去って終わりとなりました。
ネットが一般に普及し始めたのは、その頃からです。
視覚障害者が、音声化ソフトでパソコンを使えることは、訓練施設にいたころから知っていました。
施設も導入したばかりで、音声合成装置やプリンタなどを一式揃えると100万円程すると言っていました。
私は、活字を書いて印刷するだけのために、パソコンにそれだけかける魅力を感じませんでした。
しかし、ネットが普及し始めて気持ちが変わりました。
パソコンの価格も、手が届くところまで下落していました。
最初に買った機種は、デスクトップ型です。
購入と同時に、インターネットにつなげてもらいました。
そのようにして、ネットの世界に踏み込みました。
当時のプランでは、接続時間に制限があったものの、市内3分10円の電話しか知らなかった私にとって、全国全世界に同一料金で接続できることは驚きでした。
ネットサーフィンをするようになって、できることの多彩さには更に驚かされました。
カルチャーショックと言ってもよいでしょう。
辞書を引いてもらわなくても、ネットで検索できるようになりました。
新聞のテレビ番組表を見てもらわなくても、その日の番組がわかるようになりました。
欲しい商品の説明や価格を、店員さんに尋ねなくてもよくなりました。
そもそも、店に赴かなくても買い物ができるようになりました。
晴眼者に、活字でメールを書けるようになりました。
などなど、挙げればきりがありません。
視覚障害者になってから、人の目を借りなければできなかったことが、次々と独力でできるようになっていったのです。
私は、完全にネットにはまってしまいました。
点字図書館に電話や点字の手紙で予約していた図書が、今ではオンラインでリクエストできるばかりか、データなら即パソコンに取り込んで読書ができるのです。
私にとって、毎日の生活に欠くことのできないツールとなりました。
ネットにつなげて15年余。
それでも、ホームページの開設とかブログとか、自分から情報を発信するようなことは考えていませんでした。
私に、そのような情報があるとも思っていませんでした。
しかし、振り返ってみるといくつかの媒体で私は情報を提供していました。
それらを一つにまとめて、ホームページを作成するのもありかな?
と思うようになりました。
治療院の広告と抱き合わせれば、発信できる情報の量も増えます。
それで、このたびホームページを開設しました。
まだまだ、不十分なところも多々ありますが、初心者の私を温かく見守っていただければ幸いです。

平成28年5月吉日

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